先住民族の「家」を守るためのミッション

先住民族の「家」を守るためのミッション

私は今ブラジルの北、ギアナ国との国境であるロライマ州の草原地帯に住むインディオ民族の中で、イエズス会士のウルバノ神父と三人の愛徳ヴセンチオ会のシスター達と一緒に働いています。草原地帯と言っても、「月の山脈ミッション」と名付けられているように、そこは草原と森と山が交錯し合い、ロライマ独特の自然環境を形づくっていて、その中に二十二の共同体が分散しています。ほとんどがワピチャナ族とマクシ族から成る共同体です。福音宣教者と呼ばれる人間が、インディオ民族の中で働くという事は、キリスト信者である彼らの信仰のための奉仕であるだけではなく、同時にこの民族が社会の中で置かれている状況を見るとき宣教師の生と働きはより一層、社会政治的性格を帯びてくるのを痛感します。
ブラジルの歴史が西欧世界からの武力による侵入と征服、そして先住民族の殺戮と彼らの住む大自然の伐採破壊の歴史であったことは周知のことです。残念ながらこの歴史の根にある白人文化の驕りとインディオ民族の蔑視はそのまま現代に引き継がれています。近年になって少数民族の擁護が国際的課題となり、教会もバチカン公会議後、貧しい人々や尊厳を奪われた民族の回復のために献身するようになって、1988年発布のブラジル国憲法231条では初めてインディオ民族の土地の権利とその文化の尊厳が保障され、各民族の言語による独自の教育がその子弟に施される権利が認められたのです。ブラジルは世界有数の広大な国です。その中にはアマゾン河や大森林地帯を抱え、農業に適した大平原もあります。それでもこの国の大農場主や巨大企業、開発至上主義のすべてのグループはインディオ民族にいわば返還されたはずの彼らの土地を再び奪い取ろうとして巨額の富と政治権力を駆使して絶えず憲法231条を変更させようと色々な憲法修正案が提出されているのです。アマゾン森林地帯に巨大なダムが建設され、石油や天然ガス、数々の鉱石資源採掘などの巨大プロジェクトの地図には必ずインディオの領地が含まれていて憲法231条に抵触することになります。言うなれば彼らにとってインディオは開発の邪魔になります。修正案は国家的次元の開発計画をすべてに優先させ、特に未開のインディオに優先させるべきだと叫んでいるのです。憂慮すべきことには、ベロモンテの巨大ダム工事は憲法違反でありながら、国家的開発事業の名目でまっしぐらに進められています。アマゾンの広大な熱帯雨林はまもなく湖水に沈むでしょう。インディオ領地も孤立させられ生存の機能を失いながら。
現今のアマゾン破壊が世界的大問題となっていますが、この問題の中心は単なる自然破壊ではなく、その自然の中で生存してきた先住民族の生命が危機に瀕しているという点にあります。インディオ民族の生存のための戦いにはどうしても国際的な支援が必要ですし、ブラジルや周りの南米諸国の無数の良心的グループからの連帯も大きな力です。けれども国の憲法によって、そこが彼らの「家」として保障されているインディオ民族こそ自分の家を守る権利と使命を持っている主人公なのです。彼らの団結一致こそこの戦いの本質的武器です。彼らの「家」が安泰である時初めて、この大自然は人類の「家」になるからです。
物事の重大さに直面していますが、実際に私たち宣教者が走っているのは大アマゾンの北の端のその小さな一点にすぎません。スローガンの叫びも垂れ幕もなく、日々の平凡な共同体訪問と人々の生活から学ぶことから始まります。彼らの言語を覚えきれず悪戦苦闘する無力さがかえって彼らから家族のように受け入れられたのです。部落内の互いの一致と和解を勧め、病人を見舞い、リーダーたちには次の集会の知らせを伝え、こうして宣教師たちは部落と部落、共同体と共同体をつなぐ細いけれども切れることのない糸のようだと思います。共同体の祈りの集会はこの民族に本来の力と命の溢れをもたらす最も重要な時です。そこで読まれる福音とその分かち合いから力、勇気、団結心が湧き出るからです。時々首都ブラジリアに現れた裸のインディオ達が弓と矢と古来の踊りで奇声を上げて全国のニュースを賑わすのですが、その声の奥に燃える信仰の炎と必死な祈りを見る人はいないのです。
宣教師と呼ばれてもう四十年以上が過ぎ、老齢になって弱くなり、前よりも兄弟であるインディオの瀬戸際に自分も置かれているのを感じています。魚を獲る矢一本で、巨大な権力のブルドーザーの前に立ちはだかる無数の兄弟たちの只中で、私はいつでも宣教師でした。なぜなら宣教師とは不可能と思われる歴史の只中にあっても奇跡を実現してくださる「出エジプトの神」からの者だからです。
              
(2015年1月22日)ワピチャナ族のモスコウにて  堀江節郎