「月の山脈インディオミッションを支える会」発足

神さまは、いい方

◆「月の山脈インディオミッションを支える会」発足
イエズス会司祭の堀江節郎神父は、42年前に日本を発って以来、ブラジル各地や東ティモールで宣教活動に携わってこられました。
現在は、ブラジルとグァイアナ国の国境地帯に住む、ワプチャナ族とマクシ族というインディオ民族の人権擁護と人々の信仰を守る「月の山脈インディオミッション」で働いておられます。
このたび、堀江神父と師のミッションを日本で継続的に支持するグループとして、「月の山脈インディオミッションを支える会」を信徒有志で立ち上げました。
また同会の発足記念として、去る2014年11月29日、麹町聖イグナチオ教会アルペホールにて、ブラジルから一時帰国中の堀江神父を囲み、お話をうかがう交流会を開催しました。その会の様子を報告させていただきます。

◆宣教は愛だけ
 当日の会場には50名近くの参加者が集いました。堀江神父は数年ぶり、あるいは数十年ぶりに再会されたという方々と笑顔で挨拶をされ、握手やハグを交わされていました。
交流会のはじめに、堀江神父が現地でインディオの方々と歌っているという歌を全員で合唱し、主の祈りをインディオの言葉で唱えました。「ワダーリ」は、「わたしたちのおとうさま」、つまり御父を意味する言葉だそうです。インディオの人々と共に生きる堀江神父が、この言葉を特に大切にされている印象を受けました。
堀江神父は、すでに40年以上にわたり宣教師として海外で働かれていますが、「神の国のために働く」、そのために日本を出ていくことはご自身で望まれたことであり、異なる環境や文化の中で働く苦しみというものは、あまり感じることがなかったそうです。
「宣教は愛だけ。愛からすべてが始まります」と堀江神父はおっしゃいます。父なる神は、愛の泉であり、宣教のために必要な力は、自分自身を献げることですべて御父がくださるそうです。

◆インディオの命への奉仕
 堀江神父はインディオの人々に「クールー」と呼ばれているそうです。これは「小鳥」という意味だそうです。本当に簡素な小屋にお住まいになっておられ、本などは、そのままで置いておくと虫に食われてボロボロになってしまうそうです。インディオの人々は広大なアマゾンのあちこちで生活をされているため、毎日、何十キロという距離を車で運転して回り、彼らと共に働き、問題について話し合い、ともにミサをささげて祈っておられます。
インディオの人々は、狩りや漁をしながら広大なアマゾンと共生しています。インディオのために働くことは、アマゾンの自然を守るということと同じだそうです。ある古老の方が、「インディオが生存する限りアマゾンは安泰だ」とおっしゃったそうです。
しかし、開発の波による伐採などでアマゾンの自然が破壊され、それに伴い人々の生活も脅かされているそうです。都市部からやってきた詐欺師にインディオの人々が騙され、金銭的な被害に遭うというケースも起きているそうです。また、現在リオデジャネイロにある原子力発電所をアマゾンに移そうとする動きがあるとのことでした。
そのような力に反して、インディオの人々を擁護しようとする一番の大きな力はカトリック教会だそうです。インディオの人々は「消滅すべき民族」ではなく、「今、生き抜くべき民族」であり、インディオミッションは弱い立場に追いやられている彼らの権利と尊厳を守るためにあります。それはインディオの命への奉仕であると、堀江神父はおっしゃいました。

◆神さまは、いい方
堀江神父は、宣教師として生きるために三つのことを大切にしているそうです。
一つ目は、身軽であること。イエスさまが身軽であり、すべての人にご自身をささげられたように、また、神さまは愛であり、その神さまを着るために身軽でありたいと思われているそうです。
二つ目は、希望をもつこと。インディオが生存し続けることができると信じ、「あなたたちには生きる力がある」と伝え、それをご自分でも希望として持ち続けることだそうです。宣教師である自分が「この土地を守ろうとしている」ことを伝え、「インディオは生存することができる」と確信して心を燃やしていると、彼らの心も燃え立つのだとおっしゃっておられました。その中に信仰があり、共に歩いていく力になるのだそうです。
三つ目は、「神さまは、いい方」であることを、心から信じること。神さまは慈しみ深い方であり、自分はその神さまに愛されているという喜びをもつことが、兄弟たちを何よりも勇気づけるのだそうです。神さまの明るさを吸収し、愛における楽観主義を貫いて生きていきたいとおっしゃっておられました。

★交流会は熱意のこもった質疑、応答を経て盛況のうちに散会となりました。ご参加くださった皆様、ありがとうございました。